障害の根本原因を探る

メッセージキュー・非同期処理 順序不正・重複実行障害:技術・組織的根本原因分析

Tags: 非同期処理, メッセージキュー, 障害分析, 根本原因, 冪等性

はじめに

システムにおいて、応答性の向上や負荷分散、疎結合化を目的として、メッセージキューを用いた非同期処理は広く利用されています。しかし、非同期処理はその特性上、同期処理では発生しにくい特有の障害リスクを伴います。その代表的なものが、「メッセージの順序不正」や「処理の重複実行」による障害です。

これらの障害は、ユーザーへの誤った通知、データの不整合、ビジネスロジックの破損など、深刻な影響を引き起こす可能性があります。開発エンジニアとして、このような非同期処理関連の障害が発生した際に、どのように技術的・組織的な根本原因を探り、再発を防ぐべきかを理解しておくことは非常に重要です。

この記事では、メッセージキューを用いた非同期処理における順序不正および重複実行障害に焦点を当て、その技術的・組織的な根本原因を深掘りし、具体的な分析方法と再発防止策について解説します。

障害事象の概要:順序不正と重複実行

非同期処理における順序不正は、メッセージが本来処理されるべき順番とは異なる順序でコンシューマーに処理されることによって発生します。例えば、ユーザーの「登録」メッセージの後に「更新」メッセージが発行されたにも関わらず、「更新」が先に処理され、その後に「登録」が処理されるといったケースです。

一方、重複実行は、同一のメッセージがコンシューマーによって複数回処理されることによって発生します。これは、コンシューマーでの処理中にエラーが発生し、メッセージキューがメッセージを再配信したり、コンシューマープロセスが多重に起動したりする場合などに起こり得ます。

これらの事象は、特に決済処理、在庫管理、ユーザーの状態管理など、順序性や一度きりの処理が重要なビジネスロジックにおいて、予期せぬ結果やデータの不整合を招きます。

障害発生時には、具体的にどのようなデータに対して、どのような処理が、本来の順序や回数に反して行われたのかを特定することが、調査の第一歩となります。

技術的な根本原因の分析

順序不正や重複実行といった非同期処理の障害は、多くの場合、メッセージキューシステムの特性とアプリケーション側の設計・実装の両方に原因があります。

1. メッセージキューシステムの特性理解不足

多くのメッセージキューシステムは、デフォルトでは「少なくとも一回 (at-least-once)」の配信保証を提供します。これは、メッセージが確実にコンシューマーに届けられることを保証する一方で、ネットワークの一時的な問題やコンシューマーの障害発生時には、メッセージが複数回再配信される可能性があることを意味します。これが重複実行の直接的な原因となり得ます。

また、メッセージキューによっては、複数のパーティションやキューを使用する場合、同一のプロデューサーからのメッセージであっても、異なるパーティション/キュー間で順序が保証されないことがあります。コンシューマーがこれらのパーティション/キューを並列に処理する場合、全体の順序が乱れる可能性があります。

調査のポイント: * 利用しているメッセージキューシステムの配信保証(at-least-once, at-most-once, exactly-once)を確認する。 * メッセージがどのようにパーティション/キューにルーティングされ、コンシューマーがどのようにそれらを消費するのかの仕組みを理解する。

2. アプリケーション側の非冪等な処理実装

重複実行が発生しても問題ないように、コンシューマー側の処理は「冪等(べきとう)」である必要があります。冪等性とは、同じ操作を複数回実行しても、システムの状態が一度実行した場合と同じになる性質を指します。

例えば、「残高から1000円減算する」という処理は冪等ではありません。この操作を2回実行すると、残高は2000円減ってしまいます。しかし、「残高を指定した金額にする」という処理や、「トランザクションIDが未処理であれば1000円減算し、処理済みフラグを立てる」という処理は冪等性を考慮した実装と言えます。

重複実行による障害が発生した場合、コンシューマーがメッセージを複数回処理した場合に、どのような副作用が発生するのかを詳細に分析する必要があります。

調査のポイント: * 障害が発生した処理パスにおける、コンシューマーの処理ロジックを確認する。特に、データベース更新や外部サービス呼び出しなど、状態を変更する処理に注目する。 * 処理が冪等性を考慮して設計・実装されているかを確認する。(例: 処理済みフラグの利用、ユニークキー制約、状態ベースの更新など)

3. 順序性に関する考慮不足

特定のユースケースでメッセージの処理順序が重要な場合(例: ユーザー登録→プロフィールの更新→退会)、メッセージが正しい順序でコンシューマーに配信され、かつ処理される必要があります。順序性を保証するためには、通常、同一エンティティ(例: 同一ユーザー)に関するメッセージを同一のパーティション/キューにルーティングし、単一のコンシューマーインスタンス(または順序を保証する並列処理方式)で処理する必要があります。

コンシューマーをスケールアウトするために複数のインスタンスを起動している場合や、メッセージのルーティング設定が適切でない場合に、順序性が崩れることがあります。

調査のポイント: * 障害が発生したメッセージフローにおいて、どのメッセージが、どのような順序で発行されたかログ等で追跡する。 * メッセージがどのようにメッセージキューに送られ、どのパーティション/キューにルーティングされるかを確認する。 * コンシューマーがどのようにメッセージを消費し、並列処理されているかを確認する。

4. エラーハンドリングとリトライ戦略

コンシューマーでの処理中に一時的なエラー(データベースのロック、ネットワークタイムアウトなど)が発生した場合、メッセージキューはメッセージを再配信することがあります。この際、適切なエラーハンドリングや指数バックオフなどのリトライ戦略が実装されていないと、エラーが繰り返されたり、不要な再試行が発生したりして、重複実行の一因となったり、キューが滞留したりします。

また、処理に失敗したメッセージを無限にリトライし続ける設計になっていると、キューが枯渇したり、障害が拡大したりする可能性があります。このようなメッセージは、デッドレターキュー(処理できなかったメッセージを隔離するキュー)に移動させるなどの設計が必要です。

調査のポイント: * コンシューマーにおけるエラーハンドリングとリトライロジックを確認する。 * メッセージキューのリトライ設定や、デッドレターキューの設定を確認する。

5. 不十分な監視とロギング

メッセージキューのメトリクス(キューのサイズ、メッセージの入力量/出力量、処理エラー率など)や、コンシューマーの処理ログが不十分な場合、順序不正や重複実行が発生していることに気づくのが遅れたり、原因特定が困難になったりします。

特に、個々のメッセージがどのように処理されたか(何回処理されたか、どの順序で処理されたか)を追跡できるロギングやトレースの仕組みがないと、障害発生時の調査が手探りになります。

調査のポイント: * メッセージキューのメトリクス監視体制を確認する。 * コンシューマーにおいて、メッセージ受信、処理開始、処理成功/失敗、処理完了などの各ステップで適切なログが出力されているか確認する。メッセージIDや関連エンティティIDを含めることが重要です。

組織的な根本原因の分析

技術的な問題の背後には、多くの場合、組織やプロセスに関する根本原因が存在します。

1. 設計レビュー・コードレビュープロセスにおける非同期処理の専門性不足

非同期処理や分散システム特有の設計リスク(冪等性、順序性、エラーハンドリングなど)に対するチーム全体の理解が不十分なまま設計・実装が進められると、脆弱性が入り込みやすくなります。設計レビューやコードレビューの際に、これらの観点からのチェックが甘くなることが原因です。

組織的なポイント: * 非同期処理に詳しいメンバーが設計・コードレビューに参加する体制になっているか。 * 非同期処理の設計パターンや注意点に関するチーム内のナレッジ共有が進んでいるか。

2. 要件定義における非同期処理特性の考慮不足

ビジネス側や企画側からの要件に対して、非同期処理の「少なくとも一回」配信や順序保証の制約が開発チームから十分に共有されず、要件定義自体が非同期処理の特性に合っていない場合があります。例えば、「一度だけ正確に処理する」という要件に対して、「少なくとも一回」保証のキューで冪等性設計をしないまま実装してしまうなどです。

組織的なポイント: * 非同期処理の特性(配信保証、順序性など)を、技術メンバーがビジネス側や企画側に対して適切に説明し、認識合わせを行うプロセスがあるか。 * 非同期処理を用いるシステムの非機能要件(冪等性、順序性、耐久性など)が明確に定義されているか。

3. テスト戦略における非同期処理の考慮不足

非同期処理の障害は、特定のタイミングや並列度、エラー発生時に顕在化することが多いため、通常の機能テストだけでは不十分です。並列処理テスト、リトライテスト、エラー挿入テスト、負荷テストなど、非同期処理特有のテストシナリオが必要です。これらのテストが計画・実行されていないことが、本番環境での障害につながります。

組織的なポイント: * 非同期処理を含むシステムのテスト計画に、冪等性、順序性、エラーハンドリング、リトライに関するテストケースが含まれているか。 * 本番に近い環境で、非同期処理の並列実行を伴う負荷テストや耐久テストを実施しているか。

4. 運用・監視体制の不備

メッセージキューのメトリクス監視が不十分であったり、発生したエラーログの検知・通知・対応プロセスが確立されていなかったりすると、障害の検知が遅れます。また、障害発生時の調査に必要なロギングやトレースの仕組みが整備されていないことも、組織的な課題です。

組織的なポイント: * メッセージキューおよびコンシューマーの状態(キューサイズ、エラーレート、処理時間など)を継続的に監視し、異常を検知する仕組みがあるか。 * 障害発生時のログ収集、分析、原因特定のプロセスが定義・共有されているか。

再発防止策

技術的・組織的な根本原因を踏まえ、以下の再発防止策を検討します。

技術的な再発防止策

組織的な再発防止策

障害発生時の調査手順・切り分け方の参考

非同期処理における順序不正や重複実行障害が発生した場合、以下の手順で調査を進めることが有効です。

  1. 障害事象の正確な把握:
    • いつ、どのような処理(どのメッセージタイプ)で障害が発生したか。
    • 具体的にどのようなデータに対して、どのような不整合や不正な状態変化が確認されたか。
    • 特定のユーザーやエンティティに限定されるか、全体にわたるか。
  2. メッセージキューの状況確認:
    • 障害発生前後のキューサイズ、処理量、エラーレートなどのメトリクスを確認します。
    • 特定のパーティション/キューにメッセージが偏っていないか、滞留していないかを確認します。
  3. プロデューサー側の確認:
    • 障害発生時刻周辺で、プロデューサーがメッセージをどのように発行したか(順序、回数)をログやトレースで確認します。
    • メッセージに付与されたキーやメタデータが意図通りになっているか確認します。
  4. コンシューマー側の確認:
    • 障害発生時刻周辺で、該当メッセージを処理したコンシューマーインスタンスのログを詳細に確認します。
    • メッセージが何回受信され、何回処理を試行し、それぞれどのような結果(成功、失敗、エラー詳細)になったかを確認します。
    • コンシューマーの並列度やスレッド数を確認します。
    • コンシューマーの処理ロジック(特に冪等性に関する部分)をコードレベルで確認します。
  5. 依存システムの確認:
    • コンシューマーが依存しているデータベースや外部サービスのログ、メトリクスを確認します。一時的なエラー(DBロック、ネットワーク問題など)が発生していなかったかを確認し、それがコンシューマーのリトライを誘発した可能性を検討します。
  6. コード・設定の差分確認:
    • 障害発生前後のコードデプロイや設定変更(コンシューマーの設定、メッセージキューの設定、依存サービスの設定など)がないか確認します。

これらの調査を通じて、「メッセージキューがメッセージを複数回再配信した(技術)→コンシューマーの処理が冪等でなかった(技術)→設計レビューで冪等性のチェックが漏れた(組織)」「メッセージが異なるパーティションに分散した(技術)→コンシューマーが並列に処理した(技術)→順序性が必要なことの認識がチームで共有されていなかった(組織)」といった根本原因を特定していきます。

まとめ

メッセージキューや非同期処理はシステムの柔軟性・拡張性を高める強力な手段ですが、順序不正や重複実行といった特有の障害リスクを伴います。これらの障害の根本原因は、メッセージキューの技術特性への理解不足、アプリケーション側の冪等性・順序性に関する設計・実装の不備といった技術的な側面に加え、設計・レビュープロセスの不備、テスト戦略の不足、運用監視体制の不備といった組織的な側面に根ざしていることが多いです。

システム開発に携わる開発エンジニアとして、非同期処理の特性を深く理解し、技術的な対策(冪等性のある実装、適切な順序制御、堅牢なエラーハンドリングとリトライ)を講じることはもちろん重要です。それに加えて、組織として非同期処理のリスクをどう管理し、どのように品質を確保していくかという組織的な側面にも目を向け、チームや関係部署と連携しながら改善を進めていく視点を持つことが、同様の障害の再発を効果的に防止するためには不可欠です。

本記事が、非同期処理関連の障害に直面した際の分析や、日々の開発における非同期処理の設計・実装・運用において、読者の皆様の一助となれば幸いです。