障害の根本原因を探る

不適切エラーハンドリング・リトライ設計障害:技術・組織的根本原因

Tags: エラーハンドリング, リトライ, システム負荷, 障害分析, 根本原因, 信頼性設計

システム開発において、外部サービスとの連携や非同期処理は一般的です。これらの処理では、一時的なネットワークの問題やサービス側の負荷増大などにより、エラーが発生する可能性があります。こうしたエラーから回復し、処理を継続するために、リトライ処理は非常に重要な仕組みです。しかし、このエラーハンドリングやリトライ処理の設計・実装が不適切であると、かえってシステム全体の負荷を増大させ、大規模な障害を引き起こすことがあります。

本記事では、不適切なエラーハンドリング・リトライ設計が招いたシステム負荷増大障害の事例を取り上げ、その技術的・組織的な根本原因を深く掘り下げて分析し、再発防止策について考察します。

障害事象の概要

ある日、ユーザーからのレスポンスが遅延し始め、やがてサービス全体が応答不能に陥る障害が発生しました。インフラチームがサーバーリソースを確認したところ、特定のバックエンドサービスのCPU使用率とネットワークI/Oが異常に高騰していることが判明しました。

調査の結果、このサービスが連携している外部APIが一時的に高負荷状態となり、応答遅延やエラーを頻繁に返していることが分かりました。この外部APIへのリクエストを行っている自社サービス側で、エラー発生時に過剰なリトライ処理が行われていたことが、自社サービスの負荷を高騰させた主要因であると特定されました。

技術的な根本原因の分析

この障害の技術的な根本原因は、主にリトライ処理の実装方法にありました。

1. 不適切なリトライ戦略

外部APIからのエラー応答(例えば、一時的なネットワークエラーや503 Service Unavailableなど)に対して、自社サービスは決まった短い間隔で即時に、かつ際限なくリトライを繰り返していました。

2. エラーハンドリングの粒度と考慮不足

リトライ対象とするエラーの種類が適切に定義されていませんでした。例えば、一時的なエラーだけでなく、認証エラー(401)やバリデーションエラー(400)など、リトライしても成功する見込みのないエラーに対してもリトライを試みていました。また、外部APIが返すエラーの種類に応じた適切なエラーハンドリング(リトライ、代替処理、即時失敗など)が行われていませんでした。

3. サーキットブレーカーパターンの未導入

外部依存サービスが一定期間エラーを返し続ける場合に、そのサービスへのアクセスを一時的に遮断し、自サービスへの影響を局所化する「サーキットブレーカー」パターンが導入されていませんでした。これにより、外部APIの障害が自社サービスのリソース枯渇へと波及してしまいました。(サーキットブレーカーは、電気回路のブレーカーのように、障害発生時に回路を遮断し、システム全体を守る設計パターンです。)

4. 冪等性(Idempotency)の考慮不足

リトライ処理を行うビジネスロジックにおいて、その処理が冪等であるかどうかの考慮が不足していました。(冪等な操作とは、何度実行しても一度だけ実行した場合と同じ結果になる操作です。例えば、データベースの更新で「在庫数を+1する」は冪等ではありませんが、「在庫数を100にする」は冪等です。)冪等でない操作に対して安易にリトライを実装すると、意図せずデータが重複登録されたり、処理が二重実行されたりするリスクがあります。今回の障害ではデータ不整合は起きませんでしたが、これはリトライ設計の重要な検討事項です。

5. 監視とロギングの不足

リトライ処理に関するメトリクス(成功/失敗回数、平均リトライ回数、リトライによって発生した追加リクエスト数など)が十分に収集・可視化されていませんでした。また、エラーログも詳細さに欠け、特定のリクエストがどのようなエラーで何回リトライされたのか、そのリトライが連鎖的に他の処理にどのような影響を与えているのかを追跡するのが困難でした。

組織的な根本原因の分析

技術的な実装ミスは、往々にして組織的な要因によって引き起こされます。

1. 設計レビュープロセスにおける確認不足

機能開発の設計レビューにおいて、外部依存サービスの障害発生時の挙動や、エラーハンドリング・リトライ戦略がシステム全体に与える影響(特に負荷側面)についての議論が十分に行われていませんでした。開発者は個別の機能要件を満たすことに注力しがちであり、システム全体の信頼性や障害耐性に関する設計観点が不足していました。

2. 共通ライブラリ・パターンの欠如

エラーハンドリングやリトライ処理は、アプリケーションの様々な箇所で必要となります。信頼性の高い実装を実現するための標準的な方法論や、共通で利用できるライブラリ・フレームワークがチーム内に整備されていませんでした。結果として、開発者ごとに異なる(そして時には不適切な)方法で実装が行われ、品質にばらつきが生じていました。

3. 障害シナリオのテスト不足

開発・テスト段階で、外部依存サービスがエラーを返す、あるいは応答が遅延するといった障害シナリオを想定したテストが不足していました。単体テストや結合テストでは正常系や一部の異常系はテストされていましたが、システム全体の負荷がかかった状態や、依存先の継続的なエラー発生といった状況下でのリトライ処理の振る舞いは検証されていませんでした。

4. チーム間の知識共有と連携不足

アプリケーションを構成する複数のサービスや、フロントエンドとバックエンドの間で、エラーハンドリングやリトライに関するポリシーが十分に共有されていませんでした。例えば、フロントエンドが過剰なリトライを行う設定になっていたり、異なるサービス間でリトライ戦略が衝突したりする可能性がありました。

5. 信頼性に関する知識・文化の不足

リトライが引き起こす可能性のある問題(Thundering Herd問題など)や、サーキットブレーカーのような信頼性パターンに関する知識が、開発チーム全体に十分に浸透していませんでした。これは、開発の優先順位において、信頼性よりも機能開発が重視されがちな組織文化に起因している可能性もあります。

再発防止策

今回の障害から得られた学びを活かし、同様の事態を防ぐための再発防止策を技術的・組織的両面から実施することが重要です。

技術的な再発防止策

  1. 標準的なリトライ戦略の採用:
    • 指数バックオフ(Exponential Backoff)にジッター(ランダムな遅延)を加えた戦略を標準とします。これにより、リトライリクエストの集中を防ぎます。
    • 最大リトライ回数と合計タイムアウト時間を必ず設定します。
    • リトライ対象とするエラーの種類を明確に定義し、恒久的なエラーに対してはリトライしないようにします。
  2. 共通エラーハンドリング・リトライライブラリ/フレームワークの導入:
    • 標準的なリトライ戦略やサーキットブレーカーパターンを容易に導入できる共通ライブラリやフレームワークを検討し、採用・展開します。これにより、実装のばらつきをなくし、品質を担保します。
  3. サーキットブレーカーパターンの導入:
    • 外部依存サービスとの連携箇所には、サーキットブレーカーパターンの導入を必須とします。
  4. 冪等性の考慮:
    • リトライを実装する際は、その処理が冪等であるかを慎重に検討します。冪等でない処理に対してリトライが必要な場合は、べき等性を担保するための仕組み(例:ユニークなトランザクションIDの使用)を導入します。
  5. 監視とロギングの強化:
    • リトライ回数、リトライ成功/失敗率、依存サービスの稼働状況などを可視化するメトリクスを追加します。
    • エラーログに、リトライの試行回数、使用されたリトライ戦略、関連するリクエストID/トレースIDなどを付加し、障害発生時の追跡を容易にします。

組織的な再発防止策

  1. 設計レビュープロセスの改善:
    • 設計レビューのチェックリストに、エラーハンドリング、リトライ戦略、依存サービス障害時の振る舞い、サーキットブレーカー導入の要否といった項目を明記します。
    • 信頼性設計に知見のあるメンバーがレビューに参加することを推奨します。
  2. 共通ライブラリの策定・保守体制:
    • 共通エラー処理・リトライライブラリを開発・保守する担当を明確にし、開発者が容易に利用できる状態を維持します。
  3. 障害シナリオテストの強化:
    • 依存サービスのエラーや遅延をシミュレートする仕組みを導入し、システム統合テストやステージング環境でリトライ処理の振る舞いを確認するテストケースを追加します。
    • カオスエンジニアリングの一部として、意図的に依存サービスを不安定化させる実験を検討します。(カオスエンジニアリングは、システムの弱点を発見するために、意図的に障害を注入する実験を行う手法です。)
  4. チーム間の連携強化とポリシー共有:
    • システム全体でのエラーハンドリング・リトライに関する設計方針やポリシーを策定し、関係する全てのチームに周知徹底します。定期的な合同勉強会や設計共有会を実施します。
  5. 信頼性に関する教育・文化醸成:
    • 開発者に対して、信頼性設計、エラーハンドリングパターン、リトライ戦略、サーキットブレーカーなどの知識に関する研修や社内勉強会を実施します。
    • 障害発生時にはPostmortem(事後検証)を丁寧に行い、技術的・組織的な根本原因を深く分析し、その学びをチームや組織全体で共有する文化を根付かせます。

まとめ

本記事では、不適切なエラーハンドリング・リトライ設計が引き起こすシステム負荷増大障害について解説しました。一見するとエラー回復のための仕組みであるリトライが、設計や実装を誤るとシステム全体を停止させてしまう諸刃の剣となり得ることがお分かりいただけたかと思います。

障害の根本原因は、技術的な実装の不備だけでなく、設計レビュープロセスの欠陥、標準化の不足、テスト観点の漏れ、組織間の連携不足、そして信頼性に関する知識・文化の不足といった組織的な要因にも深く根差しています。

開発エンジニアとして、担当する機能のエラーハンドリングやリトライ処理を実装する際には、その妥当性を慎重に検討する必要があります。単に「エラーだからリトライする」のではなく、「どのようなエラーに対して、どのような戦略で、何回まで、どのような条件でリトライするのか」を明確にし、依存サービスやシステム全体への影響を考慮した設計を心がけることが、サービスの信頼性を高める上で非常に重要です。

今回の分析が、読者の皆様が担当されているシステムの信頼性向上の一助となれば幸いです。