依存サービス障害によるカスケード障害:技術・組織的根本原因分析
はじめに
現代のシステム開発において、外部API、データベース、キャッシュ、認証認可基盤、マイクロサービスなど、他のサービスへの依存は不可避です。これらの依存先サービスに障害が発生した場合、自システムが無関係ではいられず、その影響が連鎖的に広がり、システム全体の停止や機能不全を引き起こすことがあります。このような現象は「カスケード障害」と呼ばれます。
開発エンジニアとして、日々の業務で直接依存先サービスを運用することは少ないかもしれませんが、その障害がどのように自システムに影響し、どのように対応すべきかを理解することは非常に重要です。本記事では、依存サービス障害がなぜカスケード障害を引き起こすのか、その技術的および組織的な根本原因を分析し、具体的な再発防止策について考察します。
障害事象の概要
ある日、多くのユーザーが利用するWebアプリケーションでログイン機能が利用できなくなり、それに依存する複数の機能も動作しなくなる障害が発生しました。アプリケーション自体は稼働しており、エラーログには外部の認証サービスへの接続エラーが多数記録されていました。認証サービス担当チームに確認したところ、同時刻に認証サービス側で高負荷による一時的な処理遅延およびエラーが発生していたことが判明しました。しかし、認証サービス側は既に復旧しており、自システム側のログイン機能のみ復旧せず、最終的には自システム側のアプリケーションサーバーを再起動することで復旧しました。
このようなケースにおいて、「認証サービスが原因だった」だけで終わらせるのではなく、なぜ認証サービスの一時的な障害が自システム全体の機能停止につながったのか、その根本原因を深く探ることが重要です。
技術的な根本原因分析
今回の事例で考えられる技術的な根本原因は複数あります。認証サービス自体の障害原因(例:データベースの負荷上昇、リソース枯渇など)は認証サービス側の問題ですが、その障害が自システムに波及したメカニズムを分析します。
1. 不適切なタイムアウト設定とリソース枯渇
認証サービスへのリクエスト処理において、適切または十分に短いタイムアウト設定がされていなかった可能性があります。認証サービスが応答しない、あるいは応答が遅延した場合、自システム側のスレッドやコネクションといったリソースがそのリクエストを待ち続け、解放されません。結果として、大量の認証リクエストが滞留し、アプリケーションサーバーのスレッドプールやデータベース接続プールなどが枯渇し、新しいリクエストを受け付けられなくなり、システム全体が応答不能に陥ったと考えられます。
// 例:認証サービス呼び出し部分(擬似コード)
try {
// timeoutが設定されていない、あるいは長すぎる場合
// 認証サービスへの呼び出し
AuthResponse authResponse = authServiceClient.authenticate(request);
// ... 後続処理
} catch (TimeoutException e) {
// タイムアウト時の処理(例:認証失敗として扱うなど)
} catch (Exception e) {
// その他のエラー処理
}
上記の例では、適切なタイムアウト設定がない場合、authServiceClient.authenticate()
呼び出しが長時間ブロックされる可能性があります。
2. エラーハンドリングの不備
依存サービスからのエラー応答(タイムアウト、認証失敗以外の異常応答など)を適切に処理せず、予期しない例外が発生したまま放置された可能性があります。これにより、処理中のリクエストが異常終了し、その影響が呼び出し元に伝播することで、関連する機能も連鎖的に失敗したと考えられます。また、エラー発生時に必要なリソース解放処理が漏れていたり、エラーログが出力されず原因特定が遅れたりする可能性も考えられます。
3. 耐障害性設計パターンの未適用
依存サービス障害発生時でもシステム全体が機能不全に陥らないための設計パターン(例えば、サーキットブレーカー、バルクヘッド、リトライ戦略など)が適用されていなかったことが根本原因となり得ます。
- サーキットブレーカーパターン: 依存サービスに連続してエラーが発生した場合、一定期間そのサービスへのリクエストを遮断し、代替処理(キャッシュからの応答、エラー応答など)を行うことで、障害の連鎖を防ぎ、依存サービスへの負荷も軽減します。
- バルクヘッドパターン: システム内のコンポーネント(この場合は依存サービスへのリクエスト処理部分)を隔離し、特定のコンポーネントの障害がシステム全体のリソース(スレッドプールなど)を枯渇させないようにします。
- リトライ戦略: 一時的なネットワーク問題やサービス負荷によるエラーに対して自動的にリトライすることで、成功率を上げることができますが、無計画なリトライは逆に依存サービスや自システムに負荷をかける可能性があります。エクスポネンシャルバックオフなどの適切な戦略が必要です。
今回の事例では、これらのパターンが適用されていなかったため、認証サービスの一時的な障害が自システム全体に波及した可能性が高いです。
調査・切り分けの視点
障害発生時には、以下の点を調査・切り分けすることで根本原因の特定につながります。
- ログ: 認証サービス呼び出し箇所の周辺ログ(リクエスト/レスポンス、エラー内容、タイムアウト発生有無)。アプリケーションサーバーのスレッドダンプやヒープダンプ(リソース枯渇が疑われる場合)。依存サービス側で出力されたエラーログ(可能であれば参照)。
- 監視メトリクス: アプリケーションサーバーのスレッドプール利用率、データベース接続プール利用率、依存サービスへのリクエスト数、エラー率、レイテンシ。これらのメトリクスが障害発生時刻にどのように推移したかを確認します。
- トレース: 分散トレーシングツール(OpenTelemetry, Zipkinなど)を導入している場合、認証サービスへのリクエストがどこでボトルネックになっているか、エラーがどのように伝播しているかを可視化できます。
組織的な根本原因分析
技術的な側面に加え、組織的な側面にも根本原因が存在する可能性があります。
1. 依存関係の不十分な管理と情報共有
自システムがどの外部サービスに依存しているか、その依存サービスのSLA(サービスレベルアグリーメント)や連絡窓口などがチーム内で十分に共有されていなかった可能性があります。依存サービスの障害情報を迅速に入手し、連携して対応するための体制が構築されていなかったことも考えられます。
2. 依存サービス障害を考慮しない設計・テストプロセス
依存サービスが100%稼働することを前提とした設計やテストが行われていた可能性があります。依存サービスが応答しない、あるいはエラー応答を返すシナリオを想定した設計(例えば、サーキットブレーカーの導入)やテスト(単体テスト、結合テスト、負荷テスト、カオステストなど)がプロセスに含まれていなかったことが、本番環境での障害につながった根本原因となり得ます。
3. 障害対応体制・コミュニケーションフローの不明確さ
依存サービスの障害が自システムに影響を与えた場合の、関係チーム(自チーム、依存サービスチーム、インフラチームなど)間の連絡体制や対応フローが明確になっていなかった可能性があります。これにより、初動対応が遅れたり、原因特定に時間を要したりしたことが考えられます。
再発防止策
今回の障害を踏まえ、同様の事態を防ぐための再発防止策を技術的・組織的な側面から講じます。
技術的な再発防止策
- 適切なタイムアウト設定: 依存サービスへのリクエストには、必ず適切なタイムアウトを設定します。業務要件に応じて、接続タイムアウトと読み取りタイムアウトの両方を設定し、サービスや操作ごとに調整します。
- リトライ戦略の導入: 一時的な障害に備え、指数関数的バックオフ(Exponential Backoff)などの適切なリトライ戦略を導入します。ただし、冪等性がない操作への無制限なリトライは避けます。
- サーキットブレーカーパターンの適用: 依存サービスへの呼び出しにサーキットブレーカーライブラリ(Spring Cloud Circuit Breaker, Resilience4j, Hystrixなど)を導入します。これにより、障害発生サービスへのリクエストを自動的に遮断し、代替処理を実行できます。
- バルクヘッドパターンの適用: 依存サービスごとに個別のスレッドプールやコネクションプールを割り当てるなど、バルクヘッドパターンを導入し、特定サービスの障害が他のサービスに影響しないようにリソースを隔離します。
- 堅牢なエラーハンドリング: 依存サービスからのあらゆるエラー応答(正常系以外のステータスコード、特定の例外など)を捕捉し、適切に処理するロジックを実装します。エラー発生時のリソース解放や、フォールバック処理(代替データの利用、一部機能の無効化など)を検討します。
- 監視・アラートの強化: 依存サービスへのリクエスト数、成功率、エラー率、レイテンシなどのメトリクスを詳細に監視し、異常を検知した際には迅速にアラートを発信する仕組みを構築します。また、アプリケーションサーバーのリソース利用率(スレッド数、メモリなど)の監視も強化します。
- 疎結合化の検討: 可能な範囲で依存度を下げる設計(例:同期呼び出しから非同期メッセージングへの変更)を検討します。
組織的な再発防止策
- 依存関係マップの作成と共有: 自システムが依存する全てのサービス、そのSLA、担当チーム、連絡先などを一覧化した依存関係マップを作成し、チーム内外で共有します。
- 依存サービスとの連携強化: 依存サービス提供チームと定期的に情報交換を行い、サービスの状態、変更予定、既知の問題などについて把握する機会を設けます。
- 障害対応プレイブックの整備: 依存サービス障害が発生した場合の初動対応、情報収集、関係チームへのエスカレーション、コミュニケーションフローなどを定めたプレイブックを作成し、周知徹底します。
- 依存サービス障害を想定したテスト:
- 単体テストや結合テストにおいて、依存サービスがエラーを返したり、応答しないシナリオをモックやスタブを使って再現し、自システムがどのように振る舞うかを確認します。
- 負荷テストや耐久テストにおいて、依存サービスに意図的に遅延やエラーを注入し、システムの耐障害性を評価します(カオステストの考え方を取り入れる)。
- Postmortem文化の醸成: 障害発生時には、関係者で集まり、技術的・組織的な両面から根本原因を深く掘り下げ、学びを共有し、具体的な再発防止策を立案・実行するPostmortem(事後検証)プロセスを定着させます。
まとめ
依存サービス障害によるカスケード障害は、システムの複雑化に伴い発生リスクが高まっています。一時的な外部要因による障害が、自システム側の設計や体制の不備によってシステム全体の停止につながることが少なくありません。
本記事で分析したように、適切なタイムアウト設定、エラーハンドリング、そしてサーキットブレーカーやバルクヘッドといった耐障害性設計パターンの適用は、技術的な側面からの重要な対策です。同時に、依存関係の明確化、関係チームとの連携、障害を想定したテスト、そして学びを次に繋げるPostmortem文化といった組織的な取り組みも、カスケード障害を防ぎ、迅速な復旧を実現するためには不可欠です。
日々の開発業務の中で、自身が担当する機能がどのようなサービスに依存しているかを意識し、それぞれの依存に対してどのようなリスクがあり、どのように備えるべきかを考えることが、障害対応スキルを向上させ、より信頼性の高いシステムを構築する上で役立つでしょう。